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幸せ呼ぶそば職人 井川雅樹さん (TAIPEI Quarterly 2017 夏季号 Vol.08)

アンカーポイント

発表日:2017-07-19

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幸せ呼ぶそば職人
井川雅樹さん

_ 江欣盈 写真 _ 施純泰
 

ラーメンが情熱にあふれるポップミュージックで、うどんが温かい記憶を思い出させる深夜放送の映画だとすれば、素朴ながら深みのあるそばは詩に例えることができるでしょう。中国‧唐時代の詩人、白居易の作品『村夜』の中に「霜草蒼蒼虫切切/村南村北行人絶/独出門前望野田/月明蕎麦花如雪」という一節があります。そこに描かれた情景は「霜の降りた秋の草むらにかぼそい虫の音が響き、村のあぜ道を行く者は誰もいない。詩人がひとり門前に立ち、田野を望むと、月の光に照らされた蕎麦の花が雪のように白く大地を覆っていた」というもの。たった4行の簡単な詩ですが、秋に育つソバについて多くのことを語ってくれます。彰化県二林鎮では、この詩に登場するような光景を毎年10月から12月にかけて目にすることができます。ただ、一杯のそばから伝わる詩的感覚を存分に味わいたいならば、日本から来たそば職人、井川雅樹さんが腕を振るう「おそば こうこ(蕎麦麺 幸呼)」に立ち寄ることをおすすめします。
 TAIPEI 夏季号 2017 Vol.08   幸せ呼ぶそば職人 井川雅樹さん

▲ (写真/施純泰)

 

東京から台北へ 腕まくりして厨房に

金曜日の午後2時、台北市光復南路ではランチのピークは既に引いたにもかかわらず、「おそば こうこ」の店内にはまだ45テーブルにお客さんが座り、厨房の中では井川さんがそばをゆでたり、水で洗ったり、盛り付けたりと大忙しです。台湾人が日本料理店に抱く隠れ家的でほの暗いイメージとは異なり、こうこは質素で明るく、大きなガラス窓を通して外から店内が丸見えといった店構えで、とても親しみやすい雰囲気に包まれています。これは井川さんの優しく穏やかな性格を反映しているようです。

「日本では、若い人は味が濃くて脂肪分が多く、おしゃれな感覚をもつラーメンを好みますが、身体の変化を意識する30代はそれほど濃くないうどんが好きになり、40歳を過ぎると健康的であっさりしたそばが体に負担が少なく、おいしいと感じるようになります」——そう話す井川さんにとって40代前半は、味覚の変化以上に人生の大きな転機を迎えた時期だったそうです。

10年前に観光で台北を訪れた井川さんは、「街の中には日本ブランドのレストランが多く、ほとんどの人がちょっとした日本語を話せるため、とても便利なところだ」と好印象を持ちました。ただ一方で、台北市の日本料理店で出されるメニューは、その大半を寿司、ラーメン、うどんが占め、そばは「日本三大麺類」の一つであるにもかかわらず、コンビニのざるそば以外ほとんど売られていないことに気づきました。「そばの良さを皆まだ知らない。日本と台湾はさまざまな部分で近いところがあるため、きっとそばは受け入れられるに違いない」と考えた井川さんは、長年勤めた食品開発会社を辞め、海を渡ることを決意。腕まくりをしてソバの実選びからそば作りを始めました。
 TAIPEI 夏季号 2017 Vol.08   幸せ呼ぶそば職人 井川雅樹さん

▲  スーパーなどで市販される乾麺タイプのそばとは違い、打ち立て生麺のゆで時間はわずか約1分。十割そばはほとんどコシが出ないため、正確にゆで時間を見極めなければ、すぐに弾力と香りがなくなります。(写真/施純泰)

 TAIPEI 夏季号 2017 Vol.08   幸せ呼ぶそば職人 井川雅樹さん

▲  ゆで上がった麺はすぐに氷水に入れ、素早く、優しくかき混ぜ、ぬめりを洗い落とします。そうすることで、さっぱりした口当たりが生まれます。(写真/施純泰)

TAIPEI 夏季号 2017 Vol.08   幸せ呼ぶそば職人 井川雅樹さん

▲  氷水でしめた麺をざるに乗せる盛り付けは最も一般的、つまり定番のスタイルで、そば本来のおいしさを味わうことができます。(写真/施純泰)
 

日台が一つになった新鮮なそばを手打ちで

「以前勤めていた食品会社では、一声指示すれば工場ですぐに麺ができ上がりましたが、実は手打ちそばが持つ感覚がとても好きなんです」と話す井川さんは、煩わしさを厭わず毎日午前と午後の2回、そばを打ち、それぞれ昼食と晩ごはんを食べに来るお客さんに提供しています。そば粉は彰化県二林鎮から冷蔵輸送したソバの実を店内で製粉したものを使用。これで手打ちしたそばを打ち立ての状態で食べてもらうようにしています。「新鮮さ」こそ、こうこの十割そばが持つ香り高さの秘訣なのです。食品会社で仕入れ業務を担当した経験を持ち、現地の旬な食材を使用することにこだわる井川さんは、甘さの中に苦味のある日本のソバの実とは異なり、温暖な気候の中で育った二林のソバにはフルーツのような独特の香りと甘さがあると言います。その実から作られた麺は、かつおと昆布のだしに醤油を加え、すり立ての阿里山わさびを添えたそばつゆに付けても良し、宜蘭名物の桜桃カモ(チェリーバレー種ダック)や愛文マンゴー(アップルマンゴー)、台湾産豚肉などと合わせても良し。温度や味付けを含めて厳格な日本の作法とは一風異なる台湾独自の味わい方も可能なのだそうです。

小麦から作られたコシのある麺とは違い、まして100%そば粉で作られた十割そばは柔らかく切れやすい性質を持ち、良い麺を打つには職人の腕と経験が大きくものをいいます。ゆで上げたばかりのそばが持つ弾力や歯ごたえは時間とともにどんどん失われていくため、できるだけ早く味わうものです。しかし台湾の人々にはおしゃべりをしながら食事を取る習慣がある上、そばの特性や食べ方をよく知らないため、中にはざるに乗ったそばに直接つゆをかけて食べる人もいたそうです。そんな文化の違いに直面した井川さんは当初、お客さんの横で早く食べるよう急かしていたといいます。幸い、彼の奥様が辛抱強く一人一人に説明し続けたおかげで、時間はかかったものの店を訪れるお客さんたちの間にそばへの理解が広まっていきました。こうして今では当時の苦労を懐かしい思い出として達成感とともに振り返ることができるようになりました。

台湾へ来て5年。手芸やアートを愛する奥様は、台北市の美術館巡りを楽しんでいます。一方、井川さんはマンゴーと淡水の夕日が好きだそうで、彼が心に思い描く台北の色はほんのり赤みを帯びているのかもしれません。限られた文字で人柄や才能を発揮するのが詩ならば、料理はその土地と文化を最短距離で結ぶ存在と言えます。日本文化を映し出すそばは、細長く切れやすいその性質が長寿と厄除けによいとされる点で台湾の「麺線」によく似ており、日本では毎年、大みそかに食べるものとして知られます。台北の人々と同様、井川夫妻も1年の最後の日が楽しみだといいます。なぜならその日は、いつも静かな店内がカウントダウン花火の始まりを待つ人で大にぎわいになり、文化を超え人の温かみに包まれるからです。台北であれ、東京であれ、おいしいそばを食べた人の笑顔に違いはありません。まさに井川夫妻が言うように「『こうこ』は幸せを呼ぶおそば屋さん」なのです。
TAIPEI 夏季号 2017 Vol.08   幸せ呼ぶそば職人 井川雅樹さん
「こうこ」の看板メニュー、天ぷらのざるそばは香りと口当たりがバツグン。魚やえび、数種類の野菜を使った天ぷらは揚げたてサクサク。自分でおろした阿里山産わさびを添えれば風味がさらに増します。(写真/施純泰)

TAIPEI 夏季号 2017 Vol.08   幸せ呼ぶそば職人 井川雅樹さん

台湾在住5年の井川雅樹さん。中国語は流暢とは言えないものの、コミュニケーションには十分。取材時に紙とペン、タブレットを準備して言葉で表現しがたい内容を図や体を使って伝えようとするその姿からは、そばに対する並々ならぬ情熱がうかがえます。(写真/施純泰)

TAIPEI 夏季号 2017 Vol.08   幸せ呼ぶそば職人 井川雅樹さん

幸呼蕎麦麺

おそば こうこ

光復南路26034

11:30-14:3017:30-21:30

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