TOP メインコンテンツセクションに行く

台北観光サイト

昔ながらの文化の都--艋舺 (TAIPEI Quarterly 2016 冬季号 Vol.06)

アンカーポイント

発表日:2017-03-23

1552

ありのままの庶民の生活
 昔ながらの文化の都――艋舺 
_ 許慈倩
写真 _ 施純泰
TAIPEI 夏季号 2016 Vol.06 昔ながらの文化の都――艋舺
▲ 近年では多くの芸術家がここで展覧会を行ったり創作に打ち込んだりしており、剥皮寮にアートの力を注入しています。(写真/施純泰)

かつて万華は艋舺(マンガ)と呼ばれる台湾三大都市のひとつでした。大変賑わった街だったため、この地域では交通網が発達しました。東山彰良さんが幼少期を過ごした広州街は当時中華路と平行に走っていた鉄道によって東西に分かれており、片側には国民政府と共に台湾へやってきた外省人が、もう片側にはそれ以前から定住していた本省人が住んでいました。鉄道は二つの世界の境界線となり、異なる背景を持つ人々の言語と生活習慣を分けていたのです。子どもだった東山さんを想像しながら広州街から鉄道を渡って西へ進み、剥皮寮や龍山寺へ行ってみましょう。あるいは子どものような好奇心と恐れを抱きつつ、小説『流』に登場する万華のやくざたちの血気盛んで殺気立った雰囲気を感じてみましょう。さらに華西街ではヘビをさばく昔ながらの風景が、庶民の生活にあるもうひとつの顔を伝えています。
中華商場は人々に惜しまれつつ取り壊されましたが、万華には人々に永遠に呼びかける故郷の声が暮らしの中に残っています。現代の子どもたちが知る万華と先人たちが知る万華はあまり変わりません。赤レンガで作られた剥皮寮、線香の煙が立ち昇る龍山寺、観光客の絶えない華西街、薬草の香りに満ちた青草通り、タンクトップとサンダル姿で街を歩く地元の人たち、老舗の食堂の数々。日本に長く住む東山さんにとってこれらの風景は記憶の中の美であり、変わることなく台北に思いを馳せる神秘的な絵巻物でもあるのです。

生活の拠り所 
龍山寺と青草通り

TAIPEI 夏季号 2016 Vol.06 昔ながらの文化の都――艋舺
▲ 200年以上の歴史を持つ艋舺龍山寺は地元に暮らす人々の信仰の中心であり、旅行者が必ず訪れる観光地です。(写真/施純泰)

その神秘的な絵巻物の中で最も色鮮やかな建物は艋舺龍山寺です。200年以上の歴史を持つこの寺はずっと信仰の中心であり続けています。それだけでなくその建築芸術と神話も人々を魅了しています。1年を通じて多くのお祭りや儀式が行われていますので、もし人々の信仰の力を感じたいのならぜひ参加してみてください。龍山寺の名が知られている理由は、二級古跡として長くこの土地を守っているからだけではありません。周辺のグルメも人々を引きつけ、両喜号魷魚羹(イカのとろみスープ)、周記肉粥(お粥)、龍都冰菓(かき氷)などの専門店はいずれも地元ならではの美味しさです。TAIPEI 夏季号 2016 Vol.06 昔ながらの文化の都――艋舺
▲ 東山彰良さんにとって、万華は人々に永遠に呼びかける故郷の声です。(写真/施純泰)

龍山寺のそばにある西昌街224巷は50メートルもない長さの通りですが、「青草通り(青草巷)」として知られています。線香の香りに満ちた龍山寺を訪れた後に青草通りへ行けば、薬草の香りが私たちの心をさらに楽しくさせてくれます。龍山寺と青草通りは隣同士なので、40~50年前から近所に住む人々は体調が良くない時、まず龍山寺へ行って薬籤(神様にどんな薬を飲んだらよいか聞くおみくじ)をひき、それから青草通りで薬の材料を買うようになりました。しかし1981年頃、政府は医薬条例の妨害になるとして寺に薬籤の提供を禁止したため、神様に病気を治していただくというこの風習はなくなってしまいました。
TAIPEI 夏季号 2016 Vol.06 昔ながらの文化の都――艋舺
▲ もし人々の信仰の力を感じたいなら、ぜひ艋舺龍山寺を訪れてください。(写真/施純泰)

しかし現在の青草通りは昔以上の魅力を持っています。旅行者も少し注意してみれば、この通りがよく整備されていることに気づくでしょう。透明の屋根が明るい陽射しを取り込み、風通しのよい設計によって青草の新鮮さを保てるようになっています。この清々しい町の一角は市民のオアシスであり、旅行客に人気の観光地であり、また学校の郷土学習の場ともなっています。街歩きの途中で青草茶を飲んでみてください。一口飲めば暑さと喉の渇きが和らぎ、昔の人々の知恵が口に広がります。外国人旅行客もここを訪れ、漢方医学の薬材について知りたいと思うでしょう。

郷愁さそう美食
広州街と華西街

TAIPEI 夏季号 2016 Vol.06 昔ながらの文化の都――艋舺
▲ 艋舺には見逃せない伝統的な台湾グルメがたくさんあります。(写真/施純泰)
​​​​​
広州街はおそらく『流』に最も多く登場する通りでしょう。主人公はこの通りで外省人の人々の姿を目にし、彼らの故郷の言葉やあちこちから聞こえる犬とニワトリの声を聞きました。歳の近い子どもたちが仲間になったり他人になったり、そんな成長する中で受けた傷と痛みはいずれも過ぎ去った幼い頃とその時代の証です。いじめられたことは秘密でも恥ずかしいことでもないのです。
TAIPEI 夏季号 2016 Vol.06 昔ながらの文化の都――艋舺
▲ 龍山寺のそばにある西昌街224巷は50メートルもない長さの通りですが、「青草通り」として知られています。(写真/施純泰)

現在の広州街は『流』に出てくるような、時々豆花(豆腐プリン)を売る声や露店の売り子が自分の人生を語る声が聞こえてくる素朴な住宅地ではありません。今の広州街はとても賑やかで、夜市では屋台が所狭しと軒を連ねる台湾B級グルメの天国です。ゲームができる屋台も多くあり、一家で出かけて台湾の庶民文化の活力を感じるのにふさわしい場所となっています。
TAIPEI 夏季号 2016 Vol.06 昔ながらの文化の都――艋舺
▲ 華西街観光夜市の目を引く門。人通りが絶えず、海外からの観光客も多く訪れます。(写真/施純泰)

台北旧市街には昔ながらの魅力的な食べ物が数多くあり、広州街、華西街、それぞれにファンがいます。桂林路と広州街の間にある華西街は台北初の観光夜市です。目を引く入り口の門をくぐれば通りの両側に赤いランタンが掛けられ、夜になると人の流れを照らします。この賑やかな通りは外国人観光客にとっては必ず訪れるべき場所のひとつになっています。かつてはヘビをさばくショーを見るために多くの観光客が訪れたものでした。現在ではそのような店は減りましたが、「亜州毒蛇研究所」という店ではさまざまなヘビ料理を出しており、観光客の度胸試しをしています。このほかにも碗粿(米をすりつぶしたものに豚肉などを入れて蒸したもの)、愛玉ゼリー、担仔麺など見逃せないグルメがたくさんあります。
アジアのナイトマーケットは海外の観光客にとってとても魅力的なものです。万華の台湾グルメはその中でも一番だと言えます。ここへ来たら通り過ぎるだけではもったいないですよ!

復古と新しい流れ
文化の変化

広州街、康定路と昆明街の間にあるのが今人気の剥皮寮歴史街区です。この周辺は清朝時代から万華と他の地域を繋ぐ主要な道路が走る場所でした。今も当時の街並みの一画が残されており、映画『モンガに散る』で有名になった後、国内外からの観光客がかつての風情を楽しむために訪れるようになりました。建物や文物の鑑賞だけでなく、近年では多くの芸術家がここで展覧会を行ったり創作に打ち込んだりしており、剥皮寮にアートの力を注入しています。
昔を懐かしむ以外にも、万華の大理街一帯は女性ならぜひ訪れたい場所です。艋舺服飾商圏には最盛期に1,000軒以上の服飾店が立ち並びました。既製服を売るだけでなく、デザイン、型紙取り、製造から販売まですべてを行い、価格も手ごろで品質も優れていました。初期には多くの人々が大稲埕の迪化街で布を買い、大理街で服を作ってもらっていたそうです。現在では既製服の販売が主で、レディースファッションと子ども服が揃っています。大理街で買い物することは女性の「おしゃれのキーワード」なのです。

関連写真

最近の人気記事

Top