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台北観光サイト

文山教会 文山教會

アンカーポイント
4.5

866

紹介

昔の木柵地域は台北盆地の奥にあって交通が不便だったため、宣教は順調には進みませんでした。清光緒元年(西暦1875年)ごろのこと、指南山区の茶農家・張迺鴻が新店附近を通りかかると、ちょうど馬偕博士(偕叡理、ジョージ・L・マッケイ牧師)が布教していました。その説教の中に聖書のマタイ伝11章28節がありました。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう 」。張迺鴻はいつも重荷を背負っていたので、この話に深く心を動かされました。そこで、彼はキリストを信仰し、主日のたびに妻子とともに新店教会へ礼拝に行くようになりました。その後、光緒4年(西暦1878年)に新店教会の長老となりました。新店教会への道のりは遠いため、張迺鴻は光緒17年(西暦1891年)8月に指南村渡船頭(政治大学渡賢橋付近)に「内湖教会」(新店教会の支会)を建てましました。日本統治時代の明治30年(西暦1897年)、張等人(注)が30元で開元街に現在の土地を買い、翌年4月30日に献堂されて、「木柵教会」と名づけられました。
木柵教会は1954年4月17日正式に堂会に昇格しました。その後内部の不和により、1955年に信者の一派が同じ通りの50mも離れていない場所に「新興教会」を設立しました。民国51(1962)年、台北中会の努力により、2つの教会は再び合併して「文山教会」と改名し、現在に至ります。同年4月22日には新しい教会堂が建設されました。これが現在の旧教会堂です。その後、信徒が増加し、教会堂に入りきれなくなったので、1994年3月13日に新しい教会堂の建築にとりかかりました。その間、何度も妨害に遭いながら、1998年4月12日にようやく献堂することができました。教会の向かいがちょうど木柵老街の起点である「頂店」で、今日の開元街35号の場所です。昔は各地の商人が必ず通っていた場所で、今では一般の店舗となっていますが、斜めの屋根と木の窓枠には当時のにぎわいが感じられます。
 

観光スポット情報

テーマ
宗教・信仰
推奨対象
親子学習、しゃかいけんがく
お勧めの月
通年
住所
台湾台北市文山区開元街27号(区役所の後ろ)

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