発表日:2017-12-14
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艋舺へ行こう
伝統とのつながり 未来へ続く道
文 _ 林盈足 写真 _ 許斌、黄建彬
万華は台北でも有名な衣料問屋街の一つで、さまざまな衣料品店が立ち並び、最先端のファッションから、台湾製の綿100%の下着、さらには上海の熟練の職人から伝わったチャイナスーツの型紙起こしの技術に手の込んだ装飾品‧工芸品まで取りそろいます。万華にひっそり集まる老舗と達人たちは、時代の移り変わりの中で、独自の特色を打ち出し、発展と変化の歩みを見つめてきました。
台北市商業処はより多くの人に万華を知ってもらおうと、特にユニークな店と職人を探し歩きました。ここの人々の奮闘の物語を通じて万華に興味を持ってもらい、古い艋舺(万華の旧名)のイメージを一新したいと考えています。
▲広盛益は10数年前の日本や韓国のドラマのブームを好感し、若い女性向けの流行のファッションへと路線を変えしました。(写真/許斌)
ファッションの街
時代とともに歩み続ける
30年前から40年前にかけ、万華の大理街は台湾でも指折りの衣料問屋街でした。しかし、インターネットの普及で消費行動が変わり、いかに衣料街としてのにぎわいを保つかが地元の店のいちばんの課題となっています。創業40年を超える今も客がひっきりなしに訪れる衣料品店「広盛益」の王店長は、最先端のファッションを把握していることが強みだと微笑みます。「川上の卸売ですから、小売店の店頭よりもさらにファッションセンスを研ぎ澄ませていなければ生き残れません」。
現在では若い女性のファッションを中心としている広盛益ですが、昔は着心地のよい綿のTシャツがほとんどだったそうです。ただ、10数年前に日本や韓国のドラマによって巻き起ったブームと、インターネット上に膨大な情報が流通している時流を見極め、大なたを振るいファッショナブルな衣料中心に方向転換しました。
「流行はくるくると変わりますから在庫は抱えられません。今年売れなければ来年もほぼ売れません」。王店長によれば、大理街では衣料品の好みの変化を見られるだけでなく、客のほうもより賢くなっていることが分かります。以前は安ければいいという考えだったのが、今ではスタイルや形、コーディネートなど十分選り好みするのだそうです。
顧客への対応だけでなく、メーカーへの発注もハードルが上がっています。「在庫がなくなればそれまで、売れ行きが良くても布地がなくなればもう作らないというメーカーもあり、他の工場を当たって顧客のニーズを満たさなければなりません」という王店長は、現在では20数社のメーカーと取引しており、「忙しいけれど、これでやっと満足のいく品揃えができ、ネットショップに負けない卸売としての優位性を保つことができます」と言います。
▲下着とベビー用品専門の老万昌。店主の裴志鵬さん(左)は老舗を受け継ぎ、商品の質の高さとサービスで顧客から厚い信頼を受けます。(写真/許斌)
問屋街
昔ながらの下町の熱い人情
下着とベビー服を専門に扱う「老万昌內衣行」の二代目、裴志鵬さんは、父親について商売を覚えつつあった48年前のことを振り返ります。当時の万華にはオートバイや自転車の修理店に薬局などが並び、台湾鉄道の万華駅に近いため、卸売の人々が集まり、衣料品店が密集することで相乗効果もあり徐々に衣料品商圏が形成されていきました。
この一帯の移り変わりを隅々まで見守り、父から受け継いだ老舗を守る裴さんは、自身の人生は姓(裴)と同じ『「非衣」莫属(=「衣」ひとすじ)』だと笑います。「6歳からここの店番を始め、ここで育ちました」。物心ついてからは休みを利用して両親の手伝いを始め、検品をするかたわら、どのように商品を紹介するかや顧客への応対の作法を学んだそうです。老万昌の商品は台湾製が9割にも達し、原料の生地は柔らかくて快適、どんな年齢層の人でもぴったりの下着が見つかります。これも50年の老舗が今でも信頼の厚い得意客をいくつも抱えている理由の一つです。
裴さんは、東南アジアとの低価格競争に直面したことで、一度は市場での優位性を失いかけたこともあると率直に語ります。「でも、台湾の紡織産業のレベルは高く、しばらくすると顧客も徐々に戻り、海外に移住した人も帰ってくるたびここで購入してくれます」。
品質と信頼にこだわる裴さんは台風の日や旧正月を除き、一年のうちシャッターを下ろす日数が半月を超えることはありません。「客が訪ねてきても店に誰もおらず、もう一度来させるのは忍びない」と言います。言外に顧客への思いやりをにじませる裴さんの話しぶりからは、万華という古い下町で最も大事にすべき厚い人情が隠し切れません。
▲チャイナスーツの型紙起こしの名職人、林俊卿さんは年端もいかないころに苦労して技術を学びました。堅実で熟練した技が光る服は内外の客から賞賛を浴びています。(写真/黃建彬)
繁華街
路地裏にひそむ熟練の技
古い街には40年の老舗も珍しくありません。こういった老舗にいる熟練の職人こそ人をとりこにしています。和平西路のとある建物の二階にある「九段工坊」には、チャイナスーツの型紙起こしの達人、林俊卿さんがいます。
店名の「九段」は黒帯の最高段位にちなんだもので、まるで林さんの素晴らしい腕前をうたっているようです。チャイナスーツといえば、林さんの名は台湾でも一、二にあげられるほど知られていて、顧客には高官や芸能人も多くいます。伝統的なチャイナスーツやチャイナドレスは、型紙起こしの技がとても重視されます。型紙がよければ、着心地もよく、よりスタイルよく見せてくれます。なぜこの職を志したのかと聞くと、林さんは「地に足をつけて生きるには、一芸に秀でることが絶対に必要です」と答えます。
家庭の事情で高い教育を受けられなかった林さんは、わずか13歳のころ、当時チャイナスーツの職人が1日で下働きの労働者の3日分を稼ぐことに憧れ、西門町で上海からきたベテラン職人に弟子入りします。「師匠は山東人でしたから飛び切りの大声で怒鳴られました。でも技は申し分なく、当時最高の名職人でした」。
いちばん基礎の縫製から襟の仕立て、型紙起こしまで一歩一歩、着実に学び、18歳のときに独り立ち、わずかな蓄えをもとに店を構えました。ファッション市場の無限の商機を見越し、一度はチャイナスーツの技術を忘れて服飾加工や卸売を手掛け、短期間で十分な資金を貯めました。林さんによれば「30数年前、万華の店舗は1カ月の家賃が20万元もしましたが、月の売り上げは2,000万元ありました」と言います。
しかしながら投資に失敗したことですべてを失いました。このとき、ある思いがふと頭をよぎりました。「自分には一芸がある。型紙起こしの技術があった!」そこで、チャイナスーツで再起を果たし、ますます失われつつあるこの素晴らしい技で地に足をつけ、一着一着手の込んだチャイナスーツを縫い、自身の人生をも再び一針一針縫い上げるように歩みを進めました。
▲九段工坊の店内にあるチャイナスーツはすべて林俊卿さん自らデザインして型紙を起こしたもので、スタイルや柄に伝統を残しつつ新しさも取り入れています。(写真/許斌)
▲郭丞閔さんが華西街に店を構えるのは、行き交う人々から創作のインスピレーションを得たいからだと言います。(写真/黃建彬)
観光エリア
技で台湾をアピール
万華のもう一方の端、華西街観光夜市(ナイトマーケット)を進んでいくと、たくさんの店の中に、ひときわ際立つ緻密な技の手作りアクセサリーの店「RUBY」があります。店主の郭丞閔さんはまだ30歳ですが、その熟練の技とデザインのセンスで、欧州市場でも高く評価されています。
小さいころから金属が放つ光に魅了された郭さんですが、手作りアクセサリーの道に入ったのは偶然だと言います。「イギリスで勉強していたころ、何のご縁か世界の多くの有名ブランドのアクセサリーがかつてすべて台湾で受託生産されていたことを知りました。これほど手の込んだ技術が必要とされるものまで台湾が世界一だったと聞いて、台湾人として本当に誇りに思いました」。
郭さんはこの誇らしい気持ちを行動に移すべく、帰国してからかつて世界的なブランドの受託生産をしていた職人たちを訪ねて歩きました。「みな引退する年で、年齢や視力のせいで非常にきつくなっている技術もあり、これは自分が受け継がなければならないと思いました」。
郭さんは創作の過程で台湾の文化をデザインに取り入れる試みを実践しています。例えば染め付けの陶器を宝石に見立て、オパールを合わせて一風変わったスタイルのイヤリングにしたり、東洋の装飾芸術である房紐をアーティスティックにアレンジ、伝統と現代が入り混じる、ユニークなデザインの工芸品に仕立てたりしています。なぜ最先端のアクセサリーの店を万華に構えたのかと聞くと、郭さんは「万華の人々はあちこちを行き交います。各地、各国の人をつなぎ、さまざまな客が全く新しいインスピレーションを与えてくれて、いつも外に開かれた目線を保つことができます」と独自の視点を話してくれました。
台北で最も古くから発展した地域として、万華は時代とともに移り変わり続けています。老舗は伝統を受け継ぎ、新しい店は無限の生命力を与えてくれます。このほか、龍山寺地下街の地下1階には有名な占いストリートやマッサージ店が並び、手土産なども買えます。地下2階「艋舺龍山文創B2」は、「地元のデザイナー、アーティスト、クリエイターを育てる」ことを主眼に、地元発のブランドを発信し、ガイドやアートパフォーマンス、ワークショップなど人々が交流したり体験したりしながら、万華の文化とクリエイティブなパワーを発見することができるようになっています。
在りし日の繁栄や磨かれて輝く新しい世代のどちらも体感したいなら、万華を訪れてみてはいかがでしょうか。夢みたいに華やかな昔の台北にいるかのような体験ができることでしょう。
▲郭丞閔さんの鍛え抜かれた技で独特のスタイルのアクセサリーが生まれています。(写真/黃建彬)
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