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LPレコード転写技師という仕事 (TAIPEI Quarterly 2022 夏季号 Vol.28)

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発表日:2022-06-15

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TAIPEI #28 (2022 夏季号)


LPレコード転写技師という仕事

文: Catherine Shih
編集: 下山敬之
写真: Yenyi Lin


デジタル技術が普及し、ストリーミングによる音楽視聴が当たり前になった現代人にとって、蓄音機でLPレコードを再生していた時代は想像がしにくいことでしょう。ここ台北にはLPレコードの普及と転写に生涯を捧げている人物がいます。それがMRT明徳駅近くにある「古殿楽藏」の創設者である王信凱(ワン‧シンカイ)氏です。

1▲王信凱氏は台湾における数少ないLPレコード転写技師として、歴史的な音源を後世に残す使命を背負っています。

SPレコードとLPレコードの違い
SPレコードはそれほど知られていませんが、LPレコードよりもはるか昔から存在していました。「SPは『LPの父』とも言える存在です」と王氏は話します。「SPの技術は、1890年代後半から1900年代半ばの蓄音機時代に発展を始めました。ただ、SPレコードが誕生した当初は、1枚に1曲しか収録できできませんでした。また、大変脆い素材だったため、何度も再生すると壊れてしまいました。しかし、プラスチックの普及により、私たちの知るレコードが誕生したのです。とはいえ、見た目はそのままで、変わったのは素材と技術だけです」。

4▲シェラック盤は脆く壊れやすいですが、貴重な音源が数多く記録されています。

その後、カセットテープの時代を経て、CDが一般的な音楽メディアとなるなどデジタル可が進みます。テクノロジーが日々進化する中で、音楽の聴き方も変わり続けています。「最近ではネット上での音楽配信が一般的で、CDすら時代遅れになり始めています」と王氏は教えてくれました。

台北のLPレコードの歴史
SPは1910年代に台湾に到来し、普及し始めました。レコード産業は1960年代から70年代に最盛期を迎えましたが、高額であることや曲のジャンルがマイナーであったことから、ニッチな市場にとどまっていました。「大半のレコード店は台湾大学のある公館エリアに集中していました。台湾大学の教授はレコード好きな方が多く、さらに高額なレコードを購入する余裕もありました」と王氏は振り返ります。

顧客層は値段を気にしないレコード愛好家の人たちが大半でした。「台湾大学の近くにあった玫瑰唱片というお店は、海外に人を送ってクラシックのレコードを輸入していました。欲しいレコードが探しやすい場所でしたが、すぐに売り切れていたのが印象的です」。

23▲1920年代に制作された蓄音機は王氏の秘蔵コレクションの1つで、ターンテーブルからスタイラスに至るまで良好な状態で保存されています。

LPレコード転写技師の仕事

この仕事を選んだ経緯を伺うと、王氏はこう話してくれました。「もともとラジオや音楽を聴くのが好きでした。大学時代に昔の録音技術に触れる機会があったのですが、実際にその音を聴いて、歴史に命が宿ったような感覚がありました。それがきっかけでレコード盤の転写を始めるようになったのです」。

SPやLPの盤面には溝が刻まれていますが、王氏はこの技術の原理についても説明してくれました。「レコードを置くターンテーブルにはスタイラスという針があり、音の波はレコードの黒いフィルムの表面に直接刻まれています。針が溝をなぞって振動が起きることで、その音がレコードを通じて再現されます。それによってデジタル処理が一切されていないアナログな音を聞くことができます。私の仕事は、こうした歴史のある音源を転写して保存することです。そのため、私は『LPレコード転写技師』と名乗っています。すでに海外では取り組んでいる人がたくさんいるのですが、台湾ではまだまだ新しいコンセプトです」。

レコードの脆弱性を考えると、価値のある貴重な音源はすべて保存すべきであると王氏は指摘します。「歴史の教科書は何度もページをめくっていくうちに、だんだんと傷んでいきます」。多くの博物館では貴重な史料をデジタル化して観賞用とし、原本は大切に保管するようになっています。レコードの転写もこれと同じです。「ずっと聞き続けるとレコードの盤面が劣化するので、長期間に渡って鑑賞できるように、私たちは音源をデジタル化する活動を行っています」。

レコード盤転写の工程
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▲王氏の運営する古殿楽蔵は転写を行う空間であり、彼が転写したクラシック作品を展示している場所でもあります。

「正直、転写は難しいものではありませんが、一部で困難なこともあります」。王氏によれば、レコードの転写方法に決まった工程はなく、それぞれ異なる方法や機材が使われるそうです。「当初はゼロから転写を試みました。プロの録音技術を学んだことがなかったので、ターンテーブル、レコード、パソコン、マイクという非常に初歩的な機材でスタートしました」。王氏の目標は大音量で再生したレコードを転写するという非常にシンプルな内容でしたが、実際には試行錯誤の連続でした。

「私はこの仕事をネガフィルムによる写真撮影に例えています。従来のカメラは撮影者がフレーミングし、ピントや照明を調整してシャッターを押していましたし、露光量の計算や現像液を調整しながら写真を完成させていました。満足がいかなければ、何がまずかったのか?どう調整すべきだったのか?と自問します」と王氏は話します。写真のクオリティを高めるように転写もひたすら同じ工程を繰り返します。ひとつひとつの作業が音質に影響するので、常に細かな調整が必要です。特に王氏はマイクの距離や配置を何度も変えます。「最適な音を拾えるよう、マイクの位置や角度を工夫します。挑戦して、失敗して、また挑戦することが私の日課と言っても過言ではありません」。

レコード盤転写の難しさ
王氏はこの業界で働くことの難しさを教えてくれました。「かつて戒厳令下の台湾では音楽や音源を大量にリリースすることができませんでした。また、当時の人々は貧しかったので純正のレコードには手が出せず、海賊版レコードが生まれました」。政府や音楽制作者は海賊版を規制しましたが、人々は他者の作品を録音することに悪い印象を持つようになりました。「そのせいでレコードの転写技師は、海賊盤を作る仕事と勘違いされるようになってしまったのです」。

また、著作権や近代法の形成も転写可能なコンテンツに影響を与えました。「台湾では年以上前に出版されたレコードや、作詞者の死後年以上経過したレコードは公共財産(著作権なし)となり、転写できるようになったのです。転写されたレコードの大半がクラシック音楽であるのもこうした背景があるためです」と王氏は言います。「著作権を守ることは大切ですが、多くの人たちが歴史的価値のある音源の保存に関しての理解が乏しいことが残念です。この仕事が文化や歴史を守ることにつながると知ってもらえたら、この業界に携わる人も増えると思います」。

6▲王氏の運営する古殿楽蔵は転写を行う空間であり、彼が転写したクラシック作品を展示している場所でもあります。

台北でレコードを楽しむ
「昨今ではレコード関係のイベントや講演会がたくさんあります。新型コロナウイルスが蔓延するまでは、私のスタジオでも毎週金曜日の夜に様々なジャンルの音楽鑑賞イベントを開催していました。一時的に中止をしていましたが、最近では再開を計画しています」と王氏は話します。

「他にも多くのレコード愛好家たちが開くワークショップやセミナー、読書会もあります。例えば、私の友人が経営する『十方音楽劇場&瑪多咖啡演奏庁』というお店では、ミュージカルやリサイタルなどを楽しむ人たちが集まります。私もよくそこでLP鑑賞セッションを開催しています」。

また、王氏はお宝LPを探せる秘密のスポットを紹介してくれました。「双連駅エリアにある韻順唱片がオススメです。1990年から続いている小さなお店ですが、店主は海外からあらゆるレコードを台湾に持ち帰ってきたパイオニアの一人です。他にも三創數位生活園区や誠品書店には観光客向けのレコードコーナーがあります。ぜひ台北でお宝を発掘してみてください!」


古殿楽藏
住所              北投区西安街一段169号2階
営業時間        要予約
電話              0975-057467



 

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