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ごちそうさま! 幸せのひとときの味 (TAIPEI Quarterly 2018 夏季号 Vol.12)

アンカーポイント

発表日:2018-06-14

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ごちそうさま!
幸せのひとときの味

料理研究家・長浜智子さん

江欣盈

写真 施純泰、Mini CookShutterstock.com

20162月、旧台北城の城門のひとつ、北門「承恩門」がかつての姿を取り戻しました。百年の時を越えて変わらぬうららかな光を浴びるその姿に、台北の人々はふと、最先端を行く台北という都市にも奥深くに昔ながらの魂が秘められていることに気が付きました。この大地に暮らす人々は一日三食とともに日々の味わいをかみしめています。一食、一日、一年、ふだんの食生活が積み重なって歳月となり、味わいは時を越えて想い出を呼び起こし、心のふるさとを見つけます。結婚して台湾に住み十数年となる長浜智子さんはだしのうまみを通じ、子どものころの日本の家庭料理の味わいを再現します。忙しく動く手先がお鍋の音をお供に、台北の時間を細やかにゆったりとしたものに変えていくこういった日々そのものが家というものなのでしょう。
 

想いのこもった味わい、
味わいへの想い

「故郷の味を伝える」、これは海外で暮らす母が子供のためにできる最も奥深い文化の伝承でしょう。長浜さんは2002年に台北で新生活をスタート。何度も台湾を旅して素晴らしいイメージを抱いていたことに加え、ひとりで中国、香港、台湾で学んだり働いたりした経験から台湾に移り住むことには抵抗がなかったといいます。台湾の食べ物や人々の親しみやすさと温かさが大好き。でも出産してからというもの、自分と社会とのつながりが希薄になる一方で、子どもが大きくなるにつれ、急速にふるさとという概念を持つようになり、長浜さんはあらためて考えざるを得なくなりました。海外で暮らす母親として、子どもに何がしてあげられるだろうか、と。

「子供の味覚は10歳までに培うべきということが言われますが、外食ばかりだと母の味は記憶に残りませんよね」。母親とはほぼすべての人々の味の啓蒙者。食が人に与える文化の洗礼は形、色、香りを備えたものです。そこで長浜さんは料理の研究に打ち込みます。味の基本であり真髄である昆布、かつお節、いりこ、シイタケの四大だしから始め、「智子さん家の食卓」を豊かにしていきます。すると自然と母のことを思い出したといいます。「子供のころは外食をするのは不便で、毎食母が作っていましたし、あたり前だと思っていました。仕事で香港に住んだときにはじめて、毎日誰かがごはんを作ってくれるということはありがたく、容易ではないことに気付きました」。
 

和食の世界、世界の和食

毎食手作りするのはどんな時代でもとても気力を使うものです。このファストフードの時代ではなおさら。時は金なり、されど背に腹は代えられぬ。長浜さんによれば、20年前の晩ごはんは、焼き魚、煮もの、みそ汁、ご飯と、まだ伝統的な和食のスタイルでした。けれども今ではハヤシライスにサラダなどワンプレート料理が増えています。通常の日本料理は伝統的な和食に加え、ヨーロッパやアメリカ、アジア、中華などが含まれますが、手早く簡単に済ませられるということで、スプーンやフォーク一本または手づかみで食べられるような、サンドイッチ、パスタ、ピザ、カレーライスなどが日本の家庭料理に取って代わられるようになっています。このような変化を感じた長浜さんは、長年にわたる料理の経験をまとめ、台湾の人の好みに合わせて味を変えない、日本の家庭料理教室を始めました。

今年の3月、長浜さんが発起人となり、台湾大学と日本の龍谷大学、特定非営利活動法人日本料理アカデミー、エバー航空の間を取り持ち、台湾大学の集思会議センターで講座を開催。「味わいで知る日本料理」と題し、『うま味』を出発点に日本料理入門の手ほどきが行われ、最も代表的な懐石料理を切り口に、和食文化が追求する五感の究極の美について話し合われました。

日本の食の歴史において、19世紀、20世紀、戦後と大きく変わり、21世紀に入り和食がまた衰退し変化の時を迎えています。日本の各方面の取り組みにより2013年、「多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重、健康的な食生活を支える栄養バランス、自然の美しさや季節の移ろいの表現、正月などの年中行事との密接な関わり」という4つの特徴を持つ和食がユネスコ無形文化遺産に登録されました。中でも日本料理アカデミーの村田吉弘理事長の尽力には目を見張るものがありました。衰退のピンチをチャンスに変え、日本料理はここ10年ほどで世界を席巻するようになっています。2018年、先ごろ発表されたばかりの「台北ミシュランガイド」でも星に輝いた20のレストランのうち6つが日本料理店です。また、世界のミシュラン星付きレストランの中でも日本料理店の数は他国に引けをとらないほどの数で、世界から愛されていることがうかがえます。
 

料理のこころ、こころの料理

和食はいま、さまざまな形で世界で花開き、漆器に描かれた蒔絵のようにきらきらと、人々の命に輝きを添えています。けれど思い出の中のセピア色の食卓を思い浮かべると、家庭料理は柔らかい布団のように、家族の緊張をほぐし、疲れを癒し、暮らしの中の断絶を埋めてくれるものでした。2人の男の子を持つ母である長浜さんは休みになるとサッカー場や郊外の山と自然に足を運んで過ごします。今年初めには公館から桃園大渓まで往復80キロメートルのサイクリングを敢行しました。「子供たちには料理ができるようになってほしいです」と語る長浜さん。ちょうど愛情のこもっただしのうま味のように、料理の秘密を教えてくれます。食卓を囲む面々はそれぞれ違っても、私たちにはご飯を作ってくれる人のことがいつも心のどこかにあるのでしょう。

長浜智子

日本の大阪出身、2002年から台湾在住。長年にわたり料理を教える。天然、素材本来の味、シンプルを原則に台北の各地で日本の家庭料理教室を開く。だしで伝統的な和食の真髄を表現し、料理への情熱を呼び覚ましてほしいと願う。著書に料理本『鮮味高湯的秘密:掌握四大高湯食材熬煮關鍵,做出道地的日式家庭料理(おいしいだしの秘密―4大だしの取り方のコツをつかんで本場の日本料理を作ろう)』がある。
 

智子さんのお買いもの

浜江市場

「台湾の伝統市場は本当におもしろいんです」。

山の幸から海の珍味まで、安いものから最高級品まで7,000坪余りの浜江市場は智子さん行きつけの市場。新鮮な青果に厳選された精肉・肉加工品、さらには漁港直送の上質の鮮魚までを取りそろえています。美食好きや、料理と食材に興味のある人なら必ず新しい発見があることでしょう。屋台を切り盛りする人々とのやりとりの中で、もしかするとプロだけが知っている食材の秘密が分かるかも知れません。これこそ台湾ならではの人情味でしょうか。
 

中山区民族東路336
青果卸小売市場 月~日曜04:0012:00
魚市場 月曜09:0017:00、火~日曜07:0019:00

 

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