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現代の文化遺産 大龍峒金獅団 (TAIPEI Quarterly 2022 春季号 Vol.27)

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発表日:2022-03-10

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TAIPEI #27 (2022 季号)

現代の文化遺産 大龍峒金獅団

文: Rick Charette
編集: 下山敬之
写真: Samil Kuo、大龍峒金獅団


1. _LIN9106 (Copy)▲耳のない獅子は大龍峒金獅団独自の特徴です。

毎年開催される台北最大の宗教行事「保生文化祭」は、花火が上がり、華やかな雰囲気に包まれます。このイベントが行われる大同区の大龍峒保安宮は台湾で唯一、ユネスコのアジア太平洋遺産賞を受賞している文化遺産です。

An old photo of the Golden Lion Group that performed for the U.S. army in the 1950s. (Copy)▲モノクロ写真には、金獅団が1950年代にアメリカ軍に向けてパフォーマンスを行った記録が残っています。

このお祭りで最も目を引く光景が獅子舞による演舞です。この演舞を担当するのは200年以上前に誕生した国際的な獅子舞団の「大龍峒金獅団」です。彼らの拠点は哈密街という短い通りの端にある小さな和安宮で、近隣には保安宮の周囲に建ち並ぶ伝統的なお店が軒を連ねています。

和安宮 (Copy)▲和安宮は金獅団の拠点であり、大龍峒地区で最も古い土地神を祀る寺廟でもあります。

中国には、「昔はどの村にもその地を守る獅子がいた」という格言があります。これは、至るところにあった獅子舞団が、拠点とする地を守っていることを意味しています。中国における獅子はこの世とあの世の邪悪なものを追い払う存在です。かつての獅子舞団のメンバーは圧倒的に民兵が多く、鍛え上げた武術を演舞に織り交ぜていました。

金獅団は大龍峒が中華帝国として栄えていた時代から、この地域を守ってきました。現在では、台北市政府から「台北市伝統芸術芸師奨」を授与され、貴重な文化財として認知されています。

上路獅 (Copy)▲金獅団は武芸、宗教、文化が組み合わさった獅子舞の伝統芸能が、今後も受け継がれていくことを願っています。(写真/大龍峒金獅団)

文化遺産を後世へ
李世澤(リー‧シーザー)氏は、金獅団を正式に統括する非営利財団の総責任者です。李氏の一族は、何代にもわたって金獅子集団の運営に深く関わってきました。「当獅子舞団は台湾で最初に結成されたグループで、台北にわずかに残っているものの一つです」と李氏は述べます。

台湾北部の獅子舞団は「老獅祖」と呼ばれ、多くの獅子舞団にその技を伝えています。寺廟の祭礼や主要な伝統文化の祭典で主役を務めるなど、その地位の高さは折り紙付きです。

現在、金獅団は主に3つの方法で獅子舞の文化を後世へ残す努力をしています。その1つ目が「生き残るための人材の確保」であると李氏は言います。先進国における伝統芸能や工芸技術は、現代的な文化に関心を寄せる若い世代の人材確保をどうするかが大きな課題となっています。そこで李氏は、国内外のイベントへ積極的に参加するよう指導し、それによって認知度を高めています。2つ目は、公演を教育的なものに変え、現代人に伝統芸能を理解するための基礎を身につけさせることです。そのために公演の際は、進行に合わせて解説を入れるようになりました。3つ目は、他の獅子舞団と協力して、その知識を直接伝えることです。

5._LIN9096 (Copy)▲李世澤氏は獅子舞の伝統芸能を積極的に広めています。

中でも文化遺産の保存と普及に大きく影響したのは、中国文化大学のコンバットスポーツ‧中国武術学部と正式に提携したことです。プロのインストラクターから指導を受けることで、演舞のフォーメーションや武芸に磨きをかけ、さらに体系化されたトレーニング方法を確立することに成功しました。また、この提携によって、金獅団の知識はすべて大学に受け継がれ、台湾だけでなく海外の人材に、その文化と伝統、技術を広めるための正式な拠点ができたのです。

李氏は現在、大学で講師を務めています。その繋がりもあり、人数が多く必要で、さらに長時間に及ぶ公演の場合は、李氏の教え子たちが団員として手伝いをしています。金獅団の公演は最長で90分にも及びますが、最近ではイベントの主催者側から20分ほど「ハイライト」と呼ばれる最もアクションの多い演目を要求されることが多いそうです。パフォーマーは最低30人必要で、金獅団のメンバーはおよそ70人。大規模な演目を披露する場合には、大学の学生が30人ほどヘルプをすることもあります。

金獅団の公演の特徴
金獅団は「耳のない獅子」として知られています。1800年代後半に中国湖南省から2人の獅子舞の師範が大龍峒を訪れました。その際に、金獅団の演舞は武芸に偏りすぎておりアクロバティック性はあるが、湖南の美学や芸術性が欠けていると評したそうです。その後、金獅団は芸術性をかけあわせた指導を受けますが、1895年に日本が台湾を統治すると師範たちは中国へ帰省。金獅団は大龍峒―湖南を統合した新しい総合芸術を受け入れて継続するのか、拒否して元のスタイルに戻すのか意見が分かれます。派閥の対立によって練習もままならなくなったため、団長が獅子舞の耳をすべて切り落とし、一度決めたことは他人の意見に振り回されずに貫くべしとしたことが「耳のない獅子」の由来です。これによってアクロバットと芸術性を融合させたスタイルがレパートリーの中核となり、現在まで続いています。

獅子舞の演舞の方法は、主に獅子の頭の位置によって「上路獅、中路獅、下路獅」の3つに分類されます。金獅団は、台湾では数少ない「高頭」と呼ばれる獅子の頭を高く持ち上げる技を常時行います。ほとんどの台湾の獅子舞団は簡単という理由で「低頭」という技を使用します。「高頭」の技法は重い獅子の頭を高く上げ、腕を伸ばした状態をキープしなければならず、パフォーマーが疲弊してしまい、武術の動きや踊りを適切に行うことが難しくなります。しかし、李氏は「頭を下げた状態の獅子は守りがに弱いことを意味します」と述べます。「パフォーマーはよりハードな練習を長く行い、完璧な演舞をしなければなりません。獅子は飛び回る際や激しい動きをする時でも、決して頭を垂れることはありません。頭を高く上げ続けるパフォーマンスは、金獅団が誰に対しても頭を垂れないという誇りを示す意味合いも含まれているのでする。」

6._LIN9069 (Copy)▲獅子の頭の製作の詳細は、地域の歴史と信仰を現在へと伝えてくれています。

金獅団の特徴は、獅子の頭を自分たちで作っていることです。他の獅子舞団は、年々数が減っている台湾の職人たちに製作を任せています。金獅団が使用する獅子の頭部は、前述したように耳がないだけでなく他にも様々な特徴があります。李氏によると、「獅子の頭には金色の小さな鏡があり、これは北斗七星を表しています。これによって悪魔や冥界の怨霊も怖じ気づくのです」。また、獅子の鼻は真っ赤に塗られていますが、これは「獅子の王」の証であり、北部では金獅団だけがこれを持つ資格を有しています。

北斗七星 (Copy)▲獅子の頭にはめ込まれた金色の鏡は、災いを避け吉兆を呼ぶ北斗七星を表しています。

李氏は、パフォーマンスを何度も見に来ている人たに、より公演が楽しくなるためのテストを行いました。それは、本拠地で行う公演と、それ以外の場所で行う公演における獅子の頭の違いが見分けられるかというものです。この答えは「獅子の口」で、金獅団は本拠地用とそれ以外の公演用とで異なる獅子を用意しています。本拠地用の獅子の口は、歯が上下列に並び、唇がまっすぐ横に伸びた穏やかで親しみやすい表情をしています。その他の公演用は上唇が反り上がったような、すぼめた口をしていて、獰猛さがよく現れているのが特徴です。ただ、李氏によれば「本拠地以外の場所を敵地と見なして怖い顔にしたわけではありません。これは本拠地である大龍峒の方が安心できることを示しているだけです」。

公演が見られる場所
金獅団と大龍峒保安宮は中華帝国時代から親密な関係を築いてきました。「2007年に私が総責任者に就任して以来、保安宮は新しい舞台装置や資金を提供し、必要に応じて金獅団のトレーニングのために境内を開放してくれました」と李氏は語ります。

毎年開催される保生文化祭では、金獅団が何度も公演を行っています。中でも、神輿と多くのパフォーマーが参加する「保生大帝聖誕巡行」は、特に注目度の高いイベントです。大龍峒を練り歩く巡行によって、保生大帝が地域の平和と祝福をもたらしますが、金獅団はこの巡行に加わり、演舞によって邪悪なものを追い払います。

火渡りの儀式が行われる際には式は、金獅団が最初に寺廟の前で獅子の頭や武器などを振り回しながら、石炭が燃え盛る長い道を清めていきます。

この他にも、「艋舺青山宮」と「台北霞海城隍廟」の2つの寺廟の巡行に参加をしていますし、その他の国内の催事や政府主催の主要な文化祭で演舞を披露しているので、ぜひ実際にそのパフォーマンスを体感してみてください。

大龍峒金獅団の演舞大龍峒金獅団の演舞
 

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