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古亭 台北南部を往く (TAIPEI Quarterly 2023 秋季号 Vol.33)

アンカーポイント

発表日:2023-09-11

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TAIPEI #33 (2023 秋季号)

古亭 台北南部を往く


  Faith Zhang、Jean Hsieh 
編集 下山敬之
写真 青田七六、梁実秋の旧居、紫藤廬、紀州庵文学森林、東美院、榕錦時光生活園区、咖啡学人、Ooh Cha Cha、台北月見ル君想フ

fs_1▲榕錦時光生活園区は元々、台北刑務所の庁舎だった場所にあります。(写真・榕錦時光生活園区)

台北市の南部に位置する古亭地区には有名な通りがいくつかあり、中でも師大路は賑やかな夜市があることで有名です。は、かつては賑やかな商店街として知られ、文化人たちの家や出版社、老舗の書店が集まっていました。詩人余光中は自身の作品の中で、この地で過ごした日々を描いています。例えば、「月光曲(Claire de Lune)」では「廈門街の通りは細く長い」と表現していて、古亭の文芸的な雰囲気を伝えています。

古亭の近国立師範大学、国立台湾大学、台北語文学院があります。さらに、師範大学の芸術学院があることから多くの画材屋やギャラリーもこの近辺に集まっています。語学学習に関するリソースも豊富で、中国語学習を目的とした外国人が多く集まるなど、古亭に国際的な雰囲気を添えています。

この他にも潮州街や温州街には、台湾大学の教員宿舎が多く存在しています。小さな通りには日本式の古い家屋が残されていて、特に有名な紫藤廬茶館は台北南部に美しい風景を作り出しています。日本式の家屋は金華街にも数多くあり、ここではかつての街の雰囲気を味わうことができます。古亭の西側には家具街(南昌路)、アンティーク街(廈門街)、古本街(牯嶺街)が連なり、劇場や芸術のコミュニティが形成されています。古亭の独特な文化や芸術的な雰囲気は、こうしたバックヤードによって支えられているのです。

ここからは、古亭の代表的な建築物や芸術関連のスポットを紹介します。いずれも一見の価値がありますので、ぜひ足を運んでみて下さい。

青田七六 

青田街七巷六号に位置する青田七六は、1931年に建てられた和洋折衷の建物です。台北帝国大学の助教授兼付属農林専門部の教授として台湾に赴任した足立仁(1897−1978)が自ら設計した住居で、後に戦後も台湾に残って教鞭を振るった台湾大学教授の馬廷英(1899−1979)が住居としました。

fs_2▲築92年を迎える青田七六では、無料のガイドツアーを提供しているほか、常態的な地質標本の展示も行っています。(写真・青田七六)

今日の青田七六は、「古蹟の活性化と再利用」により整備とメンテナンスが行われ、馬教授が住んでいた当時の様子が再現されています。建物内部は旧来の日本式家屋らしく、リビング、キッチン、書斎、畳が敷かれた家政婦用の部屋などに分かれ、現在はレストランとして利用されています。この他にも「七六聚落部」という文化体験イベントがあり、和菓子作りや着物の着付け体験などができます。また、古い建物の観覧ツアーや文化講座も無料で開催され、近隣の人たちに人気の文化コミュニティーとなっています。

fs_3▲青田七六では伝統的な日本料理を提供しています。(写真・青田七六)

梁実秋の旧居

文学の巨匠と呼ばれた梁実秋(1903-1987)は、英漢辞典や中学校の英語の教科書の編集、並びにKK音標(ケニヨン=ノット式発音記号)の第一人者でもありました。雲和街にある彼の和洋折衷式の旧居は、1933年に建てられたものです。もともとは、台北で教師を務めた富田義介(1893−不詳)の宿舎で、日本による統治が終了してからは、省立師範学院の教職員用の宿舎となり、1952年から1959年まで梁実秋が住んでいました。

fs_4▲梁実秋の旧居の中庭にある巨大なパンノキは、亡き妻を追悼するために梁氏自らが植えたものです。(写真・梁実秋の旧居)

この木造戸建ての建物は、賑やかな街中に独特の雰囲気を醸し出しています。建物の面積は30坪で、中流階級が上流階級の住居を模した「和洋二館」の様式となっています。これは応接室や玄関などの接待空間は洋式、寝室や茶室などは和式という構造です。また、梁実秋は詩の中で敷地内にある大きなパンノキについて触れていますが、この木は現在も残っています。

この美しい建築物は一般開放されていて、わずか50台湾ドルの入場料で、かつての日本建築の美しさが学べます。

紫藤廬

紫藤廬は台湾で初めて市が定めた古蹟です。この地には古くから文化人を始め様々な人々が集まり、数多くの活動が行われてきました。台北市ではそういった空間的な特色も含め市定古蹟とした初の例でもあります。

fs_5▲1950年代の紫藤廬は、社会活動家が頻繁に集まる場所でした。(写真・紫藤廬)

1950年代、ここは自由主義を唱える人たちの集いの場でした。1981年には茶館に改築し、敷地内に3本の藤の木(中国語では紫藤)が生えていたことから「紫藤廬」と名付けられました。紫藤廬は台湾初の芸文サロンの特色を持った文化的な茶館で、お茶を介して様々な文化活動や講座などを開いていました。現在でも多くの文化人が集まる場所となっています。

紀州庵文学森林

日本時代であった1917年に建てられた紀州庵は、もともと平松家が経営する日本式料亭でした。この一帯は新店渓の河畔にある景色の美しい場所です。当時は台北南部に住む人たちの生活の中心となっていました。紀州庵は戦後、公務員の家族が住むための宿舎となり、2004年に台北市の市定古蹟となりました。2001年には、古蹟の隣に「紀州庵文学森林」という新しい建物が設立され、文学の普及に努める台北市の文学の拠点となっています。ここには書店があり、食事の提供もしています。旧来の家屋と大きな木々が、美しい景観と静かな雰囲気を作り出しています。

fs_6▲▼古蹟に指定された紀州庵、隣に建てられた新館の紀州庵文学森林。(写真・紀州庵文学森林)
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東美院

牯嶺街にある東美院は、日本時代の中期には台北帝国大学の教授の宿舎群に属していました。戦後は台湾大学の教授の住居となり、哲学者の方東美(1899-1977)が30年あまり住んでいた事で知られています。それから文化資材の再利用と旧家屋の修復および活性化という理念のもと、2022年に2棟の日本式建築物を修復。

fs_8▲東美院の旧邸宅は改築され、懐石料理と芸術が楽しめる空間に生まれ変わりました。(写真・東美院)

東美院は生活美の促進を目的とし、懐石料理の提供やお茶を楽しみながら工芸品を鑑賞できるギャラリーとなりました。他にも不定期で芸術や文化関連のイベントが開催されており、日本時代の建築物が美しく再利用された好例となっています。

榕錦時光生活園区

榕錦時光生活園区は、金華街の日本式建築が修復されて作られた新しいエリアです。2022年9月にオープンしたこの場所には、好丘や興波咖啡、臺虎精釀など台北の有名レストランが集まっています。もともとの日本式木造家屋のスタイルは維持しつつ、鉄骨やガラスなど現代の要素を取り入れ、旧家屋の新しい姿を作り出しました。また、ガジュマルやチャンチン、クスノキなどの老木も昔のまま残っていて、新旧が共存する美しさを表現してます。

▲ロンジンタイムゾーンにはグルメレストランがたくさんあるだけでなく、着物体験もできます。(写真‧榕錦時光園区)。
 
古亭にあるオススメの小さな飲食店

咖啡学人The Cafeist
同安街から金門街の一帯には数多くのカフェが集まっています。その中でも2店舗を構える「咖啡学人」は非常にオススメです。MRT古亭駅の近くにある「咖啡学人傑克威爾」は、小さなスペースの中にランダムに家具が置かれています。金門街の角にある「咖啡学人老傑克」もまた小さなお店ですが、外国人の学生たちが中国語を学ぶ姿をよく目にします。
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Ooh Cha Cha 自然食
Ooh Cha Cha 自然食は、完全な植物由来の食事を提供しているお店です。三角形の店内には大きな窓が設置され、小さな店内を明るい空間へと変えています。料理は手作りで、乳製品や精製糖など加工されていない食材を使用しています。メニューには使用している食材が全て明記され、ヴィーガンの人が食べられるデザートが揃っています。もちろん、ヴィーガンでない人にも人気です。
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台北月見ル君想フ
潮州街にひっそりと佇む「台北月見ル君想フ」は、音楽とカレーを愛する寺尾ブッタが開いたお店です。店内には日本人のシェフが作るインドカレーをベースとしたスパイスカレーと特製カクテルを提供しています。地下1階には小型のライブハウスもあり、不定期でアコースティックライブが開催されています。また、日本のバンドを招いてライブを行う事も多いため、日本人の留学生に人気です。
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