発表日:2023-09-11
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TAIPEI #33 (2023 秋季号)
台北の書道の今昔:朱振南の芸術の旅と洞察
文 方凱平
編集 下山敬之
写真 詹朝智、南院芸術
▲朱振南氏の作品が展示されている個人ギャラリー「南院芸術」。(写真・詹朝智)
書道と水墨画の権威である朱振南氏は、台北駅と桃園国際空港の展示作品を手掛けたことで知られています。特に空港の第一ターミナル内にある作品『在旅行的路上』は、旅行者からの評価も高いですが、多くの人はこれが朱氏の作品であること知らないでしょう。
▲台湾桃園国際空港の第1ターミナルにある作品『在旅行的路上』は旅行者に人気のスポットです。
朱氏は伝統とモダンな要素を融合させた作品で、世界中の人たちを魅了しているアーティストです。台北市内には彼が筆を振るった傑作があちこち飾られているほか、伝統芸術の発展にも大きく貢献しています。
▲台北駅の外壁にある「台北車站」という文字も朱氏の手で生み出されたものです。
芸術、特に書道は、一部の選ばれた人にしか触れられない難解な領域と思われがちですが、朱氏は「芸術は大衆が触れられるものであるべき」と考えています。
台北の書道文化の歴史を紐解く
熟練の書家であり画家でもある朱氏は、長年にわたり台北の書道の伝統とその歴史的起源の研究に打ち込んできました。彼の鋭い洞察は、生涯をかけて芸術に打ち込んできた経験に裏打ちされています。
台湾北部の書道は、1949年以前に受けた日本の書道による影響が大きく、またこの時期には書道団体の澹廬書会を設立した有名な曹秋圃が頭角を現したと朱氏は言います。その後、国民党政府が台湾へ渡ってからは、曹秋圃を始めとする新進気鋭の著名人らが、以降30年近くに渡って台北の書道界を牽引しました。この時期、台北の書道は古代の石碑の研究から書体を重視する傾向へ傾き、中国の伝統的な書道に深く根ざした保守的なアプローチへと変化しました。
そこから国際化が進むにつれ、台北は多様な文化が複雑に混ざり合っていき、それが台北の書道にも大きな影響を与えました。特に様々な国から帰国したアーティストたちが持ち込んだ、多文化主義、抽象表現主義、ポストモダニズム、反伝統主義運動などの西洋の概念が異なる芸術ジャンルの激しい融合を生み、台北独自の分野を超えた芸術性が育まれました。台北の現代書道は、時代の変化に合わせて西洋的な要素を取り込み、自己表現を受容することで、今日見られるような創造的なスタイルへと変化していったのです。
創作書道の源泉
朱氏は、自然や人との触れ合いから創作のインスピレーションを得ています。周囲にある要素と壮大かつ微妙なニュアンス、自身の経験を巧みに織り交ぜ、素晴らしい作品を創り出しています。
▲書道はパブリックアートに類すべきであると朱氏は考えています。(写真・詹朝智)
彼と自然の繋がりについては、その貧しい生い立ちに由来します。貧困家庭に育った彼は、母の知恵に多大な影響を受けました。書画への情熱をかき立てたのは、彼の記憶に刻まれた「早く死ぬのはいけないが、それ以外のことはなんでも早くやりなさい」という母の言葉でした。
朱氏は個人的な創作物であれ、依頼された作品であれ、そのテーマと自身とのつながりを重視します。例えば、台北や花蓮など複数の駅の碑文の執筆を依頼された際、彼は個人的に各駅を訪れ、それぞれの方向性を決めていきました。
駅ごとのユニークな雰囲気を作品に反映するには、それぞれ異なるスタイルで表現をする必要がある考えたためです。こうした姿勢からも、朱氏の芸術に対する揺るぎない信念がうかがえます。また、彼は旅行を通じて、シテ科学産業博物館、ノートルダム大聖堂、セントルイスのフォントボーン大学など、世界的な舞台でもしばしば制作を行ってきました。建築の驚異や多様な文化との出会いは、彼の芸術性に様々な形で影響を与えています。
▲朱氏は中山堂で特別展『RE: THE SKY IN FRANCE』を開催しました。
台北と台湾:書道の芸術性を育む
台北と台湾、双方が朱氏の芸術性を形作っています。台湾の文化遺産と書道の伝統が彼の情熱を刺激し、台北の活気ある雰囲気が彼の創作に国際的な側面を加えています。
▲教皇ヨハネ・パウロ二世に朱氏が揮毫した『信条』を献上する様子。
彼は写実派の画家だった頃、台北の街を頻繁に描いていました。鋭い観察力を武器に、台北の建築、植生、人々の本質を捉えた傑作を数多く生み出しました。数え切れないほどの絵画を通じ、大都会のありふれた街並みの中にテーマを見出しては、飽くなき欲求とともにこの街の独特なスタイルと特徴を描き出してきました。台北市は彼の故郷であるとともに、インスピレーションの源泉でもあるのです。
▲朱氏の書道は伝統的な形式から脱却しています。
書道に満ちた都市
「台北は間違いなく書道愛好家にとっての天国です」と朱氏は言います。国父紀念館や中正紀念堂のような公共施設はもちろん、大來小館や鼎泰豐のようなお店でも、著名な書家の作品が展示されています。
▲台北市庁舎 1 階には台北を俯瞰的に描いた朱氏の絵画が飾られています。
朱氏の作品は桃園国際空港内の昇恒昌免税店、台北市庁舎、国立台北芸術大学音楽学院、国立台北科技大学国際ホールにある「岳陽樓記」など、様々な公共のスペースで見ることができます。
他にも歴史的な書道作品を見るのであれば、様々な時代の傑作が多数収蔵されている国立故宮博物院もおすすめです。また、台北国際芸術村でも現代書家のためのダイナミックな展覧会が開催されています。
新生南路一段にある朱氏の個人ギャラリー「南院芸術」は、進化し続ける彼の芸術性を体験できる場所です。展示はテーマ別にされており、パリ留学時代に制作したヨーロッパの影響を受けた作品など、あらゆる時代の作品が鑑賞できます。他にも様々なフォントやサイズで書かれた彼の書道作品も展示されています。
書道の楽しみ方
書道の精神は真、善、美を体現することにあると朱氏は言います。芸術に関する知識がない場合でも作品を鑑賞する際には、全体の勢いと筆遣いを細かく観察することが大切なのだそうです。書道は気品、テーマ、スタイル、落款などの要素が総合的な鑑賞体験を形成し、作品を見る人にも新しい気づきを与えてくれます。
▲国立台湾戯曲学院の外壁にある『舞向世界(世界に向かって舞う)』、『戲看人間(人生を舞台劇として見る)』という文字も朱氏の作品です。
「書の鑑賞に過度な専門知識は必要ありません。心で感じ、ゆっくりと味わうこと。完全に理解できなくても、鑑賞すること自体に楽しみを見出すことができればそれでよいのです」と朱氏は説明します。
彼は芸術鑑賞において「直感を信じる」ことを大切にしています。過剰な知識は必要なく、誰もがそれぞれの視点を通じて、その美しさを楽しめば良いのです。
台北の書道の今昔:朱振南の芸術の旅と洞察
文 方凱平
編集 下山敬之
写真 詹朝智、南院芸術
▲朱振南氏の作品が展示されている個人ギャラリー「南院芸術」。(写真・詹朝智)
書道と水墨画の権威である朱振南氏は、台北駅と桃園国際空港の展示作品を手掛けたことで知られています。特に空港の第一ターミナル内にある作品『在旅行的路上』は、旅行者からの評価も高いですが、多くの人はこれが朱氏の作品であること知らないでしょう。
▲台湾桃園国際空港の第1ターミナルにある作品『在旅行的路上』は旅行者に人気のスポットです。
朱氏は伝統とモダンな要素を融合させた作品で、世界中の人たちを魅了しているアーティストです。台北市内には彼が筆を振るった傑作があちこち飾られているほか、伝統芸術の発展にも大きく貢献しています。
▲台北駅の外壁にある「台北車站」という文字も朱氏の手で生み出されたものです。
芸術、特に書道は、一部の選ばれた人にしか触れられない難解な領域と思われがちですが、朱氏は「芸術は大衆が触れられるものであるべき」と考えています。
台北の書道文化の歴史を紐解く
熟練の書家であり画家でもある朱氏は、長年にわたり台北の書道の伝統とその歴史的起源の研究に打ち込んできました。彼の鋭い洞察は、生涯をかけて芸術に打ち込んできた経験に裏打ちされています。
台湾北部の書道は、1949年以前に受けた日本の書道による影響が大きく、またこの時期には書道団体の澹廬書会を設立した有名な曹秋圃が頭角を現したと朱氏は言います。その後、国民党政府が台湾へ渡ってからは、曹秋圃を始めとする新進気鋭の著名人らが、以降30年近くに渡って台北の書道界を牽引しました。この時期、台北の書道は古代の石碑の研究から書体を重視する傾向へ傾き、中国の伝統的な書道に深く根ざした保守的なアプローチへと変化しました。
そこから国際化が進むにつれ、台北は多様な文化が複雑に混ざり合っていき、それが台北の書道にも大きな影響を与えました。特に様々な国から帰国したアーティストたちが持ち込んだ、多文化主義、抽象表現主義、ポストモダニズム、反伝統主義運動などの西洋の概念が異なる芸術ジャンルの激しい融合を生み、台北独自の分野を超えた芸術性が育まれました。台北の現代書道は、時代の変化に合わせて西洋的な要素を取り込み、自己表現を受容することで、今日見られるような創造的なスタイルへと変化していったのです。
創作書道の源泉
朱氏は、自然や人との触れ合いから創作のインスピレーションを得ています。周囲にある要素と壮大かつ微妙なニュアンス、自身の経験を巧みに織り交ぜ、素晴らしい作品を創り出しています。
▲書道はパブリックアートに類すべきであると朱氏は考えています。(写真・詹朝智)
彼と自然の繋がりについては、その貧しい生い立ちに由来します。貧困家庭に育った彼は、母の知恵に多大な影響を受けました。書画への情熱をかき立てたのは、彼の記憶に刻まれた「早く死ぬのはいけないが、それ以外のことはなんでも早くやりなさい」という母の言葉でした。
朱氏は個人的な創作物であれ、依頼された作品であれ、そのテーマと自身とのつながりを重視します。例えば、台北や花蓮など複数の駅の碑文の執筆を依頼された際、彼は個人的に各駅を訪れ、それぞれの方向性を決めていきました。
駅ごとのユニークな雰囲気を作品に反映するには、それぞれ異なるスタイルで表現をする必要がある考えたためです。こうした姿勢からも、朱氏の芸術に対する揺るぎない信念がうかがえます。また、彼は旅行を通じて、シテ科学産業博物館、ノートルダム大聖堂、セントルイスのフォントボーン大学など、世界的な舞台でもしばしば制作を行ってきました。建築の驚異や多様な文化との出会いは、彼の芸術性に様々な形で影響を与えています。
▲朱氏は中山堂で特別展『RE: THE SKY IN FRANCE』を開催しました。
台北と台湾:書道の芸術性を育む
台北と台湾、双方が朱氏の芸術性を形作っています。台湾の文化遺産と書道の伝統が彼の情熱を刺激し、台北の活気ある雰囲気が彼の創作に国際的な側面を加えています。
▲教皇ヨハネ・パウロ二世に朱氏が揮毫した『信条』を献上する様子。
彼は写実派の画家だった頃、台北の街を頻繁に描いていました。鋭い観察力を武器に、台北の建築、植生、人々の本質を捉えた傑作を数多く生み出しました。数え切れないほどの絵画を通じ、大都会のありふれた街並みの中にテーマを見出しては、飽くなき欲求とともにこの街の独特なスタイルと特徴を描き出してきました。台北市は彼の故郷であるとともに、インスピレーションの源泉でもあるのです。
▲朱氏の書道は伝統的な形式から脱却しています。
書道に満ちた都市
「台北は間違いなく書道愛好家にとっての天国です」と朱氏は言います。国父紀念館や中正紀念堂のような公共施設はもちろん、大來小館や鼎泰豐のようなお店でも、著名な書家の作品が展示されています。
▲台北市庁舎 1 階には台北を俯瞰的に描いた朱氏の絵画が飾られています。
朱氏の作品は桃園国際空港内の昇恒昌免税店、台北市庁舎、国立台北芸術大学音楽学院、国立台北科技大学国際ホールにある「岳陽樓記」など、様々な公共のスペースで見ることができます。
他にも歴史的な書道作品を見るのであれば、様々な時代の傑作が多数収蔵されている国立故宮博物院もおすすめです。また、台北国際芸術村でも現代書家のためのダイナミックな展覧会が開催されています。
新生南路一段にある朱氏の個人ギャラリー「南院芸術」は、進化し続ける彼の芸術性を体験できる場所です。展示はテーマ別にされており、パリ留学時代に制作したヨーロッパの影響を受けた作品など、あらゆる時代の作品が鑑賞できます。他にも様々なフォントやサイズで書かれた彼の書道作品も展示されています。
書道の楽しみ方
書道の精神は真、善、美を体現することにあると朱氏は言います。芸術に関する知識がない場合でも作品を鑑賞する際には、全体の勢いと筆遣いを細かく観察することが大切なのだそうです。書道は気品、テーマ、スタイル、落款などの要素が総合的な鑑賞体験を形成し、作品を見る人にも新しい気づきを与えてくれます。
▲国立台湾戯曲学院の外壁にある『舞向世界(世界に向かって舞う)』、『戲看人間(人生を舞台劇として見る)』という文字も朱氏の作品です。
「書の鑑賞に過度な専門知識は必要ありません。心で感じ、ゆっくりと味わうこと。完全に理解できなくても、鑑賞すること自体に楽しみを見出すことができればそれでよいのです」と朱氏は説明します。
彼は芸術鑑賞において「直感を信じる」ことを大切にしています。過剰な知識は必要なく、誰もがそれぞれの視点を通じて、その美しさを楽しめば良いのです。
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