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水道の歴史

アンカーポイント

発表日:2024-01-15

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水道の歴史
旅行日
1日間
テーマ観光ルート
台北観光で楽しむ

紹介

旅行の旅程:自来水博物館観音山配水池宝蔵巌公館水岸広場量水室→公館夜市

100年以上前、およそ18世紀の終わりから19世紀初頭にかけて、台北は現代的な水道供給における重要な時代を迎えていました。日本人が台湾にやってきた時、英国人のウィリアム・バートン(William K. Burton)が日本政府の要請に応じて台湾に渡航し、衛生インフラの建設に協力しました。バートンはもともと日本で衛生工学の講座をもっており、台湾に渡航した際には、弟子であった浜野弥四郎も同行して水源の調査や関連施設の計画を行いました。現在の台北自来水博物館の敷地はその当時に選定されたものです。
12興建中的臺北水道唧筒室(自來水博物館)自来水博物館は現存する市指定古跡としてこのエリアの特徴的な主要建築物となっており、当時の取水施設であったため、ポンプ室と呼ばれています。この建築と設計は、日本人の森山松之助が担当しました。
ポンプ室は、大型のくみ上げ用ポンプを多数設置しなければならないことを考慮し、内側は広々とした空間設計がなされています。外側はヨーロッパ式の優雅かつ重厚な雰囲気を伴い、緻密で優雅な柱廊、オープン・ペディメント、カルトゥーシュ、ドーム式天井等の建築要素が取り入れられています。平面全体を観察すると、アーチ型の曲線はほとんど台湾で唯一のものです。
戦後は、一部の配管が戦時中の米軍による空襲のため損壊したものの、修復して給水できるようになり、この時期における重要な任務を果たしました。その後、人口の増加に伴い、さらに多くの給水量が必要となり、当初の濾過効率が低い緩速濾過設備を改修し、原水の取水口を青潭堰に移動させるなどの大工事を経て、現在台北の人々にとって主要な水道システムのひとつとなりました。
水道管の終点にいる私たちが、安全で、衛生的で、品質も高く豊富な量の水道水を飲むことができるのは、100年を超える年月にわたる無数の人々の苦労や努力の産物といえます。これらに対する感謝を忘れることなく、貴重な水道水を大切に使いましょう。
臺北水源地唧筒室

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